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お知らせ

もっと多くは物足りないになる/コーポレート・レピュテーション その14

厚生労働省と文部科学省は5月16日、今春卒業した大学生の就職率(4月1日時点)が前年同期比より上昇し94.4%になったと発表しました。

改善は3年連続で、現況は5年ぶりの高水準。

今春卒業の高校生の就職率(3月末時点)も4年連続の改善で、こちらは1992年春(96.9%)以来の高水準だとか。

就職環境の改善は続いているようです。

周りの大学生に聞かされる話と数値に乖離があるのは私だけか?

就職率は上がっているけれど、会社と就活生とのアンマッチは以前より大きくなっているのではないか。

そんなふうにも思えます。

皆さんはどう感じていらっしゃいますか?

ほしい人材がちゃんと取れているか。

意外と「取れていない」という会社のほうが多いのではないでしょうかね。

もしかして、何か数字のマジックがあるのかも・・・

コーポレート・レピュテーション その14

このコーナーではこれまでディアマイアー著『評判はマネジメントせよ』やオルソップ著『レピュテーションマネジメント』を読んできました。

現在は3冊目となる
『コーポレート・レピュテーション』
tinyurl.com/kg2ttgs
テリー・ハニングトン著 監訳:櫻井通晴・伊藤和憲・大柳康司
を紹介しています。

今回の第8章は「レピュテーション・マネジメントの計画と実施」についての記述です。

第8章の冒頭で、富士通サービスの事例を挙げ、ブランドの構築における富士通サービスの考え方を以下のように示しつつ、

※図表5

【顧客満足度】       

マーケティング  
文化      
業績      ⇒ レピュテーション ⇒ ロイヤルティ ⇒ 成功
品質      
勧告      
相互関係

「約束したものを提供すること(これがレピュテーションを築く)と究極的に顧客ロイヤリテイの観点から見た成功との間には密接な関連性が存在して」いると書いています。

もう少し詳しく引用すると、

図表5のプレゼンテーシヨン用のスライドにおいて表されている彼の考えは、ビル・ベンダーガストの考え「正しいことを正しく」行うと同じことを示している。

適切な品質の製品およびサービスを確実に提供することに勝るものは何もない。

そのキーワードは「適切な」である。言い換えれば、約束したものを提供する必要がある。

約束が実際に提供したものよりも大きければ、レピュテーションはそれを反映して低下する。

約束したもの以上を提供すれば、もちろんそれにふさわしい報奨金が期待される。

しかし、この方向に行きすぎれば、もちろんコストと収益性の問題を引き起こすであろう。

けれども、顧客のニーズに対してたえず注意を向け、礼節と思いやりを持って顧客と接しても、コストの面で過度な負担がかかるわけではない。

コミュニケーション・スキル、訓練、PRあるいは広告に最大限の努力を費やしたとしても、悪いレピュテーションからは、その原因が顧客を継続的に失望させてきたことにあるため、回復することはできない。

レピュテーション・マネジメントは、絶望的な状況となる前にその現状を確実に認識させるものである。

「コーポレート・レピュテーション」も「レピュテーション・マネジメント」も決して難しく考えるなともいえますね。

「正しいことを正しく行」いなさいと。

適切な品質の製品およびサービスを確実に提供することに勝るものは何もない。

ただ、それは「適切」でなければならない。

適切とは、「約束したものを提供する」ということ。

「適切でない」品質の製品およびサービスを提供するときは通常、約束より実際に提供するしたものが小さく、その場合レピュテーションは低下する。

「コストと収益性」を無視して、約束以上のものを提供する必要はない。

「約束したもの」を「確実に提供する」、ただそれだけ。

貴社における「約束」と「実際に提供している製品やサービス」を天秤にかけたとき、それは釣り合っているか。

真剣に考えてみる価値はありそうです。

★ 今週のテーマ 「もっと多くは物足りないになる」

すでに紹介した第8章は「レピュテーション・マネジメントの計画と実施」での記述において、ハニングトン氏は以下のように述べています。

これが今週のテーマになります。

多くの企業の失敗は強い文化の結果であった。

すなわち、そのような強い文化は、周りの事業環境の変化に合わせて素早く変えることができず、柔軟性に欠けてしまっていた。

かつて長所とされていたものが、いまや短所である。

かつて特質とされていたものが、いまや欠点である。

しかし、”恐竜の絶減” を避けるには、変革する能力、しかも素早く変革する能力が不可欠である。

インテル(lntel) のCEOであるアンディ・グローブが述べたように、

「企業には2種類がある。 生者と死者である」。

これは経営層をはじめ社内で変革を起こす場合の困難さを示すために書かれた部分ですが、ある時代の強みは次の時代の弱みになる例えでしょう。

そうした事例は歴史を見ても枚挙にいとまがない。

英語で「Less is more」は日本語では「過ぎたるは及ばざるが如し」と訳すでしょうか。

あるとき巨大な成長を見せて大企業になった組織はやがて官僚的になり腐敗して朽ちていく。

官僚的で腐敗した組織がかつての大成長を望めないように、大成長を遂げた組織原理では成長し成熟した大組織を維持できないという矛盾も出てきます。

そこでことあるごとに変革が求められる。企業だけではなく、政府などの公的機関もそうですよね。

古くは江戸時代だって、3大改革、享保の改革、寛政の改革、天保の改革が大飢饉のあとには必ず行われました。

そうせざるを得なかったともいえるでしょう。

ソニーが改革せざるを得ないように・・・

決断が5年遅れれば/コーポレート・レピュテーション その2

企業も公的機関も改革の連続でその命を細々と守り続けているといえるのかもしれません。

ただし、公的機関はその財源を自ら稼ぎ出さないゆえに、見せかけの改革を行うことがほとんどですが。

以下のような言葉あるそうです。

Pacifists become militants.

Freedom become tyrants.

Blessings become curses.

Help becomes hindrance.

More becomes less.

「週4時間だけ働く」というステキな題名の本では、この言葉の訳を以下のような文章とともに記しています。

「週4時間だけ働く」 
tinyurl.com/q98wl6s

◆やり過ぎは反対の結果を生む

いいものを必要以上に手に入れることは可能である。

あまりに根を詰めて努力したり、所有欲を持ちすぎると、「いいもの」も全く反対の性質へと変わってしまう。

平和主義者は闘士になる。

自由擁護の闘争者は暴君になる。

祝福の言葉は呪いの言葉になる。

助けは邪魔になる。

「もっと多く」は「物足りない」になる。

あなたが「量」、「数」、「回数」を求めすぎると、それらはいずれも望んでいないものになってしまう。

それは財産や時間についてもあてはまる。

ライフスタイルデザインは、何もしない時間を余分につくり出すことを目的としていない。

それはかえって有害だ。

そうではなく、時間を有効活用することが目的だ。

だから「義務感でやることとは反対の、自分でやりたいことをやる」とシンプルに考えよう。

これは組織や企業に対する考え方ではなく、個人のライフスタイルに関する記述ですが、組織や企業にも同じことが言えないでしょうか。

約束したものを確実に提供しそれに見合った報奨金を得る、このバランスが崩れ、約束したものが提供されなかったり、約束以上のものを提供して得られる報奨金に不満を抱いたりする。

正しいことを正しく行うのは言うは易く行うは難しですが、「適切な」製品やサービスや報奨金という考え方はもっともっと取り入れられていいと思うのですがいかがでしょうか。

「Less is more」過ぎたるは及ばざるが如し

しかし、組織は常に「More」つまりもっと多くを求め、結果として「Less」つまり物足りないという解決不能の壁にぶち当たります。

経営層にあたる人々がそこをどう捉えるか。これは企業文化につながる話ですし、ひいてはレピュテーション・マネジメントに直結する話のような気がします。

皆さんの率直なご意見をお聞かせください。

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