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お知らせ

情報の記号化/コーポレート・レピュテーション その21

領収証がなくても遠距離出張が600万円分もできちゃうナイスな仕事人である兵庫県議会の「ののちゃん県議」こと野々村竜太郎県議の号泣絶叫会見が話題です。

すでに海外でも「メルトダウン会見」として大々的に報じられているようです。

海外でも話題に
www.huffingtonpost.jp/2014/07/03/ryutaro-nonomura_n_5554068.html

そして、日本各所で笑いを巻き起こしている模様です。

@nami35351127

父が他界して3カ月…。ずっと泣いてばかりいた母から電話。

「あの野々村議員ってwwwwwww。お父さんが死んでから、初めて心の底から笑ったわwwww。」

また、すでに「ののちゃん県議」のものまね者が多数出現し、居酒屋でも大盛り上がり。

サッカーワールドカップ予選敗退の落胆を見事に盛り返したといわれているようです。

小学生は学校で絶叫号泣会見を再現し、息の合った相方が

「領収書がないのはダメよ?ダメダメ」

と切り返す。

日本エレキテル連合 コント「ダメよ?ダメダメ」
www.youtube.com/watch?v=8H0ok9IdfOQ

巷では、今回の「ののちゃん県議」の出現は、憲法解釈を変更して集団的自衛権の行使を容認する閣議決定を行った安倍政権の目くらましだ!とうがった見方をする人もいるようです。

商品やサービスもこれくらいの勢いで広がったら嬉しいのですが。

と書いていたら、こんなニュースが。

「誤発注おむすびだらけ」SOSツイート、2千個完売
www.asahi.com/articles/ASG715H24G71PPZB01B.html

岡山市内のスーパーが先月末、いつもは約60個仕入れるおにぎりを誤って2千個発注し、ツイッターで助けを求めた。

スーパーは岡山大、岡山商科大などが集まる地区のフレスタ津島店。

「店の情報を発信しよう」とツイッターに力を入れ始めた矢先の「事件」だった。

学生らが「助けに行くか」などと呼びかけたリツイートは約4千件にのぼる「善意の拡散」となり、一日で完売。

世の中、まだまだ捨てたもんじゃない?

ののちゃん県議と誤発注おむすび、何かヒントになりそうな気もします。

ちなみに「メルトダウン会見」の「ののちゃん県議」の2011年兵庫県議選時の得票は11,291票で得票率は8.1%。。

兵庫県議選 開票結果
www.yomiuri.co.jp/election/local/2011/kaihyou/yh28.htm

ののちゃんがなれるなら私も・・・、と立候補する人も出てきそうですね。

コーポレート・レピュテーション その21

現在は畑中鐵丸法律事務所著『企業のネットトラブル対策バイブル』を取り上げています。今回が4回目。

※『企業のネットトラブル対策バイブル』は書名が長いのでここからは『ネットトラブル対策』とさせていただきます。

今回から『ネットトラブル対策』第2章「経営政策・法務戦略構築における課題」を紹介します。

第2章第1節における「ビジネスの設計・構築段階における対応策」において、本書では

例えば、かつて不祥事を起こして事業廃止に至ってしまった企業やその関係者が新たに同業ビジネスを始める場合を想定してみます。

事業に関するノウハウはこれまで培ったものが十分にありますので、商号、看板、スタッフ等を刷新して一から新しい事業を開始したとしても、スムーズに事業を軌道に乗せることも可能となるでしょう。・・ところが、 どんなに社名を変更し、新しいキャッチコピーの下で新しい商品やサービスを提供したとしても、役員構成や株主構成の点で、「かつて不祥事を起こして事業廃止した企業」であることが露呈してしまうリスクがあります。

すなわち、取締役等の役員構成は、法務局に赴いて商業登記簿謄本を確認すれば、即時に明らかになりますし、株主構成についても、株式公開企業であれば有価証券報告書上の記載内容で判明する場合があります。

また、株式公開企業ではなくても、情報統制に不備があれば、漏洩のリスクがついて回ります (例えば、法人税確定申告書の「同族企業判定」欄には主要株主の記載がありますので、このような書類が企業の外部に漏れることで株主構成が判明してしまうこともあります)。

そこで、かつて不祥事を起こして事業廃止した企業」の取締役を新しい企業の取締役に就任させるようなことはあえて避け、どうしても当該人物の経営手腕を必要とするのであれば、新しい企業との間で経営委託契約等を締結し、経営に関与してもらうという方法も考えられます。

また、かつて不祥事を起こして事業廃止した企業」の株主であった者が、ストレートに新しい企業に出資するのではなく、・・・・

と述べ、ネット攻撃を未然に防ぐビジネス設計・構築のポイントを指摘しています。

なるほどネット攻撃に対する準備として「ヒト」の要素を考え、巧みにビジネス設計をするのはわかります。

しかし、「かつて不祥事を起こして事業廃止した企業」が復活する際にそれらを巧みに隠すことは果たしていいのかどうか。

いかがでしょうか?

そうでもしないと「誰もが再チャレンジできる」社会にならないという議論がある一方で、「かつて不祥事を起こして事業廃止した企業」がそのかつての重荷を背負って復活することに意義があるという考え方もあるでしょう。

なお、上記の指摘を本書では【不祥事を起した企業が新会社を設立する際に限られるものではない】としたうえで、

様々な個人的理由や、社会的事情等により、キーパーソンが新会社、新規ビジネスに関与していることが世間に知られると「炎上」必死となることが想定される場合も同じことです。

これまで、ある分野のビジネスに対し批判的な意見を表明していた起業家がそこにビジネスチャンスを見出して新規参入を図る場合、許認可官庁から天下ってきた公務員が新規ビジネスに関与する場合、某電力会社のように不祥事には至らなくても社会的な非難を浴びた企業が新規ビジネスを行う場合等、様々なケースで検討する必要があります。

としています。

本書『ネットトラブル対策』ではネット攻撃の中でも「ヒト」に関するものを最重要視しているため、

「ネット攻撃」において、最も重視しなければならないのは、・・・企業に関わる「ヒト」に対する攻撃もあるということを理解しなければなりません。

「商品やサービス」に対する攻撃は、前記のとおり、民事・刑事の法的対応とは別の方法で補うことも可能ですが、「ヒト」に対する攻撃の場合、それは当該「ヒト」が所属する企業イメージにもつながり、この傾向は、当該「ヒト」が当該企業において重要なポストを占めていれば占めているほど高くなります。

「ビジネスの設計・構築段階」での「ヒトの構成」を重要視し、きれいな状態で「ヒトの構成」をすることを勧めているようです。

こうした問題では、社名の変更によってイメージを刷新して危機を乗り越えるということが一般的に行われていますが、ネット上で明らかにされている記事を見ると、なかなか名称変更によるイメージの刷新は難しいようです。

頻繁に社名変更する会社って・・・
oshiete.goo.ne.jp/qa/1997552.html

会社のイメージを良くするために社名を変更した会社
q.hatena.ne.jp/1157436881

ただ社名変更を繰り返すことで業界に詳しい人でなければ、元の会社がどういうものであったのかはわかりにくくなるのは可能なようです。

2008年、松下電器産業は会社名を「パナソニック」に変更しました。そして、国内向けに用いてきた「ナショナル」ブランドを廃し、すべてパナソニックで統一したんですね。

松下電器産業は、日本国内においては、冷蔵庫や洗濯機など白物家電の「ナショナル」、デジタルカメラやパソコンなどの映像および音響機器の「パナソニック」という2種類のブランドで販売していました。

松下電器産業はこの社名変更およびブランド統一について

関連会社の結束を強めるとともに、ブランド価値の向上を図るため

「松下」「ナショナル」「パナソニック」いずれも国内では誰もが知るブランドですが、当然ながら、ブランド力や宣伝投資効果は分散する。

世界企業になれば、コストを考えれば、当然統一の方向に向かわざるを得ません。

しかし、不祥事があった場合は、ブランドが分散がいくばくかの助けにもなりえたのは事実でしょう。

市場に対して価値のあるサービスや商品を提供しているという自信があれば統一へ、自信がなければ分散へというふうに分かれていくのかもしれません。

ただ長い年月をかけて市場で生き延びるためには巧みな努力以外に組織自らの存在意義と使命と社員の誇りがやはりどうしても欠かせないようにも思います。

企業の平均寿命がかつての30年から10年といわれる今、10年以上市場で生き延びた組織は自信を持ってよいと思います。

その企業の寿命がさらに20年になるか、30年になるかは消費者が決める。

その間、ちょっとした怪我もするし、死に至る病を患うかもしれません。

それらを含めての組織の存在意義ですから、怪我したら治して立ち上がる、病にかかれば手術して復活する。

その器量がわいてくるかどうかは、ここでこれまで述べてきたように組織自らの存在意義と使命と社員の誇り、この3つは欠かせません。

器用に乗り切っても市場で数十年間生き延びてはいけません。

もっともっと根本的なことを見直していかないと。

★ 今週のテーマ 「情報の記号化」

先日、朝日新聞を見ると、

LINEいじめ、親に代わり監視サービス 単語チェック
朝日新聞デジタル 7月4日(金)
www.asahi.com/articles/ASG6T4RC7G6TUCVL00K.html

子どもが無料通信アプリ「LINE」で友達から受け取ったメッセージを、親に代わって監視するサービスが登場した。

いじめや性犯罪など、LINEを使ったトラブルに子どもが巻き込まれているのを、早期に発見するのがねらいだ。

ITベンチャー「エースチャイルド」(東京都品川区)が、6月30日から、交流サイト監視サービス「Filii(フィリー)」に、LINEを監視する新機能を加えた。

「隠す」(持ち物を隠す)や「応援」(援助交際など)といった、いじめや犯罪に関係しそうな延べ約2万語を選定。

子どもがLINEで受け取るメッセージの中で連続して使われると、「いじめや犯罪の可能性がある」と、親が閲覧する専用ページに警告を表示する。

警告は緊急度の高さに応じて3段階あり、親は、誰との会話でいつどんな単語が使われたかを確認できる。メッセージ本文を見ることはできない。

同社によると、LINEを監視するサービスは初めてという。

同社は昨秋から、フェイスブックなど他の交流サイトを対象にした監視サービスを提供している。

LINEは第三者にアプリ内の情報へのアクセスを許可する仕組みがないため、同様の監視は難しいと見られてきたが、スマートフォンの基本ソフト(OS)がLINE上でやりとりされたメッセージを一時保存している点に着目。

専用アプリを通じて、このデータを取得する仕組みを考案した。

解析はシステムが自動的に行い、メッセージ本文は同社スタッフにも見えない。

子どもから友達に送ったメッセージは取得していない。

サービスの利用には、子どもの許可を得てスマートフォンに専用アプリを入れる必要がある。子どものプライバシーに配慮し、子どものアドレスには監視を知らせるメールが届くため、親が内緒で監視することはできない。

子どもも専用ページで、親と同じ警告情報を見ることができるという。

こうした開発は日進月歩で行われる。監視も可能になった。警告も発する。

しかし、やはり事件は起こるでしょう。

事件が起こるのは、ありきたりだけれどハードとソフトが融合していないところで起こる。

監視して警告してくれて、ではそのあとどうするのか?

この場合でいけば、親がどういうふうに子供に話すのか。監視の結果や警告を親がいかせるか。

監視も警告もサービスの提供を受けていなくても、事前に親が気付いて子供と話し合ったり警告を与える親もいる。

これらの監視・警告のサービスはあくまでも半分であり、残り半分は親や家庭が、我々の立場でいえば経営層や社員の「ヒト」が握っているといえるでしょう。

どっちが先かといえば、やはりまずは「ヒト」で、それに自動のシステムが加わると、最強に近づくのではないでしょうかね。

監視や警告の結果をいかせる組織やシステムが必要ということですね。

さて、今回は「情報の記号化」というテーマで書いてみたいと思います。

この「情報の記号化」という言葉を聞いて考えさせられたのはこの記事を読んだから。

2014年03月15日
押尾学事件で拡散した「下着会社の女性社長」デマの内幕
n-knuckles.com/serialization/series/news001316.html

この記事の出だしでこんなふうに書かれています。

今回は、

『キムチ好きは非国民か?「情報の記号化」が招く危険について
n-knuckles.com/serialization/series/news001230.html

の補足記事であり同時に先日被告の保釈で大きな話題となった「PC遠隔操作事件騒動」にも通じる内容である。

片山被告に対する人権無視の魔女狩りかのようなやり方は、主に警察・検察のメンツと、それを守るための生贄欲しさが要因だろうが、それ以外に

「片山=犯人」という記号化(=決め付け)

がもたらした悲劇だとも言える。

また捜査に関わる公の立場の人間だけでなく、それから伝えられる情報を鵜呑みにし、結論が出る前から片山被告が真犯人であるかのように触れ回ったマスコミも、そのマスコミが伝える情報をこれまた鵜呑みにして「片山が犯人で確定」と思い込んだ一般市民も、すべて片山被告を “犯人” という記号として頭に刷り込んでしまった。仮に今後何か展開があって

「やっぱり片山被告が真犯人でした」

という結論が出たならば仕方ないにしても、現時点では何も結論に至っていないという点を忘れてはならない。

ご承知のように「PC遠隔操作事件騒動」とは、2012年の初夏から秋にかけて、日本において、犯人がインターネットの電子掲示板を介して、他者のパソコンを遠隔操作し、これを踏み台として襲撃や殺人などの犯罪予告を行ったサイバー犯罪のことです。

この事件では4人の誤認逮捕、片山被告の逮捕、保釈、再逮捕とめまぐるしい展開をした事件でした。

結果的には片山被告が再逮捕されてすべての罪を認める形となりましたが、その過程で

「片山=犯人」という記号化(=決め付け)

の雰囲気が世の中にものすごく立ちのぼっていたと感じました。

片山被告が犯人だったから、イイじゃないかというのは結果論であって、「疑わしきは罰せず」が刑事裁判における原則であり、

「何人も有罪と宣告されるまでは無罪と推定される」

という推定無罪が近代法の基本原則です。

しかし、特にネット社会の出現によってこれらの原則が現在大いにかき乱されているのが現状です。

このかき乱す大きな原因となっているのが「情報の記号化」と考えられます。

記号化(=決め付け)についての具体的な事例は先の記事を読んでいただくとして、もう少しわかりやすい事例を紹介します。

少し長いですが引用します。

20世紀現代 アメリカの記号化社会
www.linkclub.or.jp/~kawasenb/05_koza_naiyo_2-2.htm

20世紀アメリカ社会の特徴

・・・20世紀アメリカ社会の特徴のひとつは、大量生産/大量消費の巨大なシステムをつくりあげたことである。

また、このシステム社会を稼動させる要素を「記号」の側面からみてゆくと、20世紀アメリカ社会は「記号化社会」であるともいえるだろう。

・・・記号には、まず交通信号から学問上の高度な概念をあらわす複雑な数式までさまざまなものが含まれる。

その範囲を広げると、 マス・メディアから流布される情報、新聞雑誌の記事をはじめ、テレビのCMや番組、ニュース、なども電波上を流れる現代的な記号である。

テレビによるマス・メディアシステムの完成

1950年代には、テレビ放送が全米をネット化してカバーするようになる。

このテレビ放送が20世紀アメリカ現代社会の記号による情報化を一気に進めたメディアだといえる。

テレビの登場によってアメリカ現代のマス・メディアシステムが本格的に稼動する。マス・メディアシステムは情報を映像、音声、文字の記号に変換して瞬時、同時にネット化した社会の全域に配信する。

大量生産システムと並んで記号化社会を支えるもう一つのシステムがこのマス・メディアシステムである。

・・・大量生産された事物は「記号」である

大量生産される事物、車や電化製品、ファッション、日用品なども記号とみることができる。なぜなら大量生産された事物は意味や機能が一瞬にしてそれとわかるように作られているからだ。

たとえば、T社のVという車は、そのスタイルやマークから「あっ、T社のVだ」と即座に判別される。また私たちは必要なボタンやスイッチ、ハンドルを操作するだけで車を運転することができる。

複雑な機能は車の内部に隠されている。つまり、車の機能はボタンやスイッチに記号化されているのだ。とすると、車は記号のかたまりだといえるだろう。また、車は、車種やその性能を示す記号であるだけでなく、所有者の趣味や社会的ステータスをも示す記号でもある。

車に限らず、大量生産品、商品など都市の事物はすべてこのように表面に記号の性質を帯びている。

20世紀アメリカ現代社会は、「大量生産/大量消費のシステム」の稼動によって、いち早くこのような大量生産品の記号に囲まれる「記号化社会」になったのである。

世界をバーチャルにしか体験できない現代人

マス・メディアから流布される情報の記号は、同時大量に、いっせいに、また何度もくりかえして私たちに投げかけられる。

それらの情報の記号のおかげで私たちは世界の出来事を茶の間で憩いながら短時間に知ることができる。(なんという効率のよさだろう。)

だがよろこんでばかりはいられない、それらの情報は物事の表層であり一側面を伝えるに過ぎない。

記号の情報を受ける行為は実体験というより疑似的な体験でしかない。

それは記号による世界のバーチャルな体験なのだ。そのため、恐ろしいことだが、いつしか私たちの判断はそれらの情報の提供のされ方によって左右され、皆が同じ記号のガイド通りに同じように感じかんがえることをうながされている….。

・・・現代人は身体性を失っている

「記号化社会」の中で私たちは、世界の全容を垣間見ることに限りなく近づきながら、それに反比例するように、身体を介在させた全面的な世界との関わりからは遠ざけられていく。

筆者は、この世界に近づくようでいながら、逆に遠ざけられる状態を「記号による疎外」と呼んでいる。

「ブッダの夢」河合隼雄 中沢新一 朝日文庫 

 外的世界との関係において、現代人は身体性を失っている、と心理学者の河合隼雄氏は具体的な例をあげながら指摘する。

 「考えてみたら、車を運転してるでしょう。車の運転は、みな、自分で運転できてると思ってるけど、本当は車のこと、ほとんど知らないわけですよ。

 どうしてこうなるのか。なぜこれを押せばこうなるのか。ほとんどくわしいことは知らないでしょう。テレビでもそうでしょう。

 だからね、現代人というのは、まったく中身を知らないで、表層だけいっぱい使って生きてるわけです。だから、身体というのは空になってしまうんです。生きているということが空虚になる。ふっと、ものすごく虚しいというか、存在というのがなくなるわけでしょう。」

 私たちは、日々の生活をこなしながらもどこか自分のあり方に自信が持てず絶えず不安にみまわれる。

その根本的な原因は河合氏が指摘するように、私たち現代人が記号化された環境によって身体性を奪われているからだ。

彼の指摘は、記号によって表層とのバーチャルな体験に限られ、世界から遠ざけられた私たちの疎外の状態を如実に説明するものでもある。

記号とコネクトすることは、私たち自身をも平面的な記号レベルの存在におとしめてしまうという危うい側面を持つのだ。

実に興味深い話ですね。よく言われますが、私たちは便利なものを手に入れて、大きなものを失った。

得たものと失ったものはいつも同等なのでしょうが、よほど私たち「ヒト」が気をつけておかないと、あっさり飲み込まれてしまうほどの便利さを得たということでしょう。

そして、現在、うつ病が急速な勢いで広がっているのは、診断技術が進んで過去に比べて判定が可能になったこと以外にも、記号化の社会が進んだことで

身体というのは空になってしまうんです。生きているということが空虚になる。ふっと、ものすごく虚しいというか、存在というのがなくなる

にも大きな要因が求めらえるのではないでしょうかね。

もしあなたが今ふと瞬間に「空しさ」「虚しさ」を感じることがあるとすれば、それは記号化社会によってかも・・・

この記事では最後にこう締めくくられています。

20世紀現代 アメリカの記号化社会
www.linkclub.or.jp/~kawasenb/05_koza_naiyo_2-2.htm

記号化社会にある私たちは、その利便性を享受しながらも「記号による疎外」の状態に陥る。

ここで私たちが主体性を保つには、記号の表面に止まらず事象全体にまでとどく認識の度合いを持つことが必要だ。

ちょっとネットでチョロチョロ調べてわかったようなつもりになってなにかを発信するなって言われているようにも思います。

耳が痛い話になってきました。

私たちは自分が地に足をつけて生きているように思っているけれど、

それは記号による世界のバーチャルな体験なのだ。

そのため、恐ろしいことだが、いつしか私たちの判断はそれらの情報の提供のされ方によって左右され、皆が同じ記号のガイド通りに同じように感じかんがえることをうながされている。

自分こそは地に足をつけて生きていると思っている者こそ、危険なのかもしれませんね。

日々のニュースや報道に接したとき、今回の「情報の記号化」の話をときに思い出していただくと、少しだけ見方が変わるかもしれません。

そういう意味では「誰が言っているのか」というヒトの要素は各自が判断するときにものすごく大事になってきているのかもしれませんね。

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