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お知らせ

コーポレート・レピュテーション その55

府が監査権廃止などJA全中(全国農業協同組合中央会)の弱体化につながる農協法改正案を閣議決定した矢先にJA全中の万歳章会長が突然の辞任表明を行って驚かせました。

これは政府へのあてつけだという意見もありますが、農協改革に全力で反旗を翻してきた万歳会長が安倍政権が目指す「全中を頂点とする中央会制度の抜本的な見直し」で押し切られた末の責任を取っての辞任劇と見る方が一般的でしょう。

農協の改革問題についてはすでにここで2月に触れました。

コーポレート・レピュテーション その47

毎日新聞によれば、この辞任劇について、
mainichi.jp/shimen/news/m20150410ddm003020091000c.html?fm=mnm

・・・「農協といえば、圧力団体として政治に一定の意見が通ったものだが、発言力が弱くなった」。万歳会長の地元、新潟県五泉(ごせん)市で約3ヘクタールの稲作を営む男性(69)は辞任表明に肩を落とした。

政府の農協改革について「農協全体が弱体化し、末端農家の声が政府に届かなくなる」と反対し、「米価も下落して苦しい時だからこそ、万歳会長に期待したのだが」とこぼす。

一方、同じ五泉市で30ヘクタールの大規模な水田を耕す男性(63)は「農協には何も期待していない」と辞任に冷ややかだ。

男性は約30年前に自分で販売ルートを開拓し、それ以来、農協にコメを出していない。「(多くの零細・兼業)農家は補助金や農協に頼りすぎ、採算を自分で考えない。旧態依然の状況だ」と指摘する。

「約3ヘクタールの稲作を営む」農協頼みの人にとっては残念だとなるし、「30ヘクタールの大規模な水田を耕」して農協を頼みにしていない人は冷ややかになる。

当然といえば当然の反応でしょう。

JA全中としては改革に反対していた会長をそのまま前面に押し出してこのまま進むのも良しとはならなかったはずです。

そういう意味では「責任を取っての辞任」というより「敗戦による解任」と見るのが正しい見方なのかもしれませんね。

農協は解体される方向で進んでいくでしょう。

しかし、それによって農業の自力による発展の道が拓けてきたとも言えます。

小規模農家は苦しくなり、大規模農家は厳しい競争にさらされながらもさらに大きくなっていくでしょう。

農協に世の中の市場原理が働きやすくなるのですから。

コーポレート・レピュテーション その55

このコーナーではこれまで

ディアマイアー著『評判はマネジメントせよ』
オルソップ著『レピュテーションマネジメント』
ハニングトン著『コーポレート・レピュテーション』
畑中鐵丸法律事務所著『企業のネットトラブル対策バイブル』
櫻井通晴著『レピュテーション・マネジメント内部統制・管理会計・監査による評判管理』

を紹介してきました。

詳細はメルマガバックナンバーをご覧ください。
www.soluna.co.jp/melmaga/

日曜日に戦後18回目の統一地方選挙の前半戦が終了しました。後半戦は今月26日です。

いずれも戦後最低の投票率が記録されるでしょう。皆さんは投票に行ったでしょうか?

「選挙に行こう!」といういろんな告知が行われていますが、投票率は下がり続けていきます。

特に国政選挙でない地方選挙ではその惨状は言うまでもありません。

なにゆえ有権者は自己の権利である投票を放棄し続けるのか。

2015年03月27日放送のNHK時論公論「統一地方選始まる 問われる地方政治」では、その原因を探っていました。
www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/212810.html

なぜ投票率が低下しているのでしょうか。

与野党相乗りや無投票の選挙が増えて、争点が見えにくくなったなど様々な要因がありますが、特に地方議会の場合は、「何をしているのか住民から見えにくい」と指摘されていることが大きいと思います。


・・・地方議会の審議状況です。議会に提案される条例などの議案は、知事や市町村長が提案するものが76%から90%。しかも、そのうちの99%は原案通り可決されています。これでは、どこまで議論しているのか見えにくい。

昭和22年4月、初めての地方選挙に際して、当時の吉田茂首相は「地方自治こそ民主主義の母」と題した談話の中で「日常生活の隅々につながる地方自治こそ、民主主義実践の最も身近な場所であり基礎である」と述べています。

それから68年たった今回の統一地方選挙ですが、その言葉は、今も新鮮に響きます。

身近な問題は誰かに任せるのではなく、自分たちの責任で解決する。難しい課題だからこそ地域で決める。そうした選挙にできるかどうかが、候補者はもちろん、私たち有権者の側も問われているように思います。

私はこの投票率の低下は国民の絶望を表しているのではないかと考えています。

絶望すると、別にもうどうでもイイよって気分になるじゃないですか。少なくとも有権者の半分は「別に誰でも、どうでもいいや」って思っているんじゃないかと。

ただそれは一方で豊かな国の幸せな状況を示しているとも言えます。

こんなことを書くと、全然幸せじゃないし、景気は悪いし、労働環境は悪くなっていると言われるかもしれません。生活状況は最悪だと。

しかし、飢え死にする人は驚くほど少ないし、行政の支援も十分行き渡っているとは言えないかもしれませんが、昔に比べれば明らかに手厚くなっています。

つまり、幸せかどうかは、また個々人の状況はともかく国全体において、生きていくのにはそれほど困っていないという状況はないのではないか。

加えて誰が立候補しようと、誰が議員や市長になろうとも、今の生活が大きく変化することはなかろうという絶望というよりはある種の諦めに似たような心境なのかもしれません。

実際、誰が市長や議員になろうとも、劇的に何かが変わることはないでしょう。

それくらい日本の社会が成熟してきたということもあるのではないでしょうか。

この成熟は将来の滅びにつながる可能性を含みますが、誰が何をしようとも、なにも代わり映えはしない。

沖縄での米軍の基地問題や昨年話題になったスコットランド独立問題などの地域住民にとって極めて切実な問題に対しては依然高い投票率が実現していることからしても、もはや住民を二分してまでも高い熱狂で賛成反対を叫ばねばならない問題はもう多くはなくなってきたともいえましょうか。

総理大臣だってほぼ1年おきに変わったって特になにも問題はないじゃないか。

日本では県知事の手腕は、ほとんど関係ない

とブログに書いていらっしゃる方がいます。

地方分権について大前研一氏の考察
blog.greenhill-do.com/?eid=981587

この方が最後に

1989年発行の大前研一氏の「平成維新」を引っ張り出して中央集権の問題点、道州制のメリットなどおおざっぱに読んでみました。


20年前の平成維新を読み返してみて、ほとんどの問題点が解決していないことに落胆しての私の意見でもあります。

とあります。

そう、約30年も前に書かれた大前研一氏の「平成維新」からは地方分権論を含む政策は進んでいないのです。この本の中にたいていの問題は書かれて、その処方箋が書かれていたにもかかわらずです。

それを実践しようと1995年の東京都知事選に大前氏は自ら出馬しましたが、結果は

1位 青島幸男 無所属 新 1,700,993 36.60%
2位 石原信雄 無所属 新 1,235,498 26.59%
3位 岩國哲人 無所属 新 824,385 17.74%
4位 大前研一 無所属 新 422,609 9.09%

当時タレントだった青島幸男氏に無残に敗れ、各政党が相乗りした石原氏にも完敗、元出雲市長の岩國氏にさえダブルスコアで敗れ、有効投票総数の10%を下回ったために供託金を全額没収、という結果に終わりました。

問題の答えを知っていて、その後もビジネスの世界では現役でいまなお信頼度の高い情報を発信する大前氏ですら、選挙では門前払いだった。

リフォーム番組の「ビフォーアフター」ではないですが、「なんということでしょう!」ですよね。

「評判」を考える上でも、実に興味深い問題ではないでしょうか。

都民が選んだ都知事になんら文句はないですが、この30年前の都知事選の選挙結果は「評判」と「実力」の乖離の不思議なマジックの1つと考えてもいいのではないでしょうか。

その大前氏の「平成維新」を形の上では実行しようとしているのが大阪市長の橋下氏でしょう。

大阪であれこれ議論になっている橋下氏率いる大阪維新の会についてはここでは触れませんが、その橋下氏について昨年本家の大前氏は雑誌で以下のような評価を下しています。

橋下徹氏は「残念な政治家」で終わってしまうのか
2014年4月9日 nikkei BPnet
www.nikkeibp.co.jp/article/column/20140408/392035/?rt=nocnt

大前氏の「平成維新」はじめ、橋下氏率いる大阪維新の会が掲げるものの1つに「地方分権・道州制」があります。統治機構の改革ですね。

内閣府のホームページにおける「地方分権改革」には、以下のようにあります。
www.cao.go.jp/bunken-suishin/

地方分権改革とは、住民に身近な行政はできる限り地方公共団体が担い、その自主性を発揮するとともに地域住民が地方行政に参画し、協働していくことを目指す改革です。

総務省 地方自治制度
www.soumu.go.jp/main_sosiki/jichi_gyousei/bunken/

平成26年には、第4次一括法(地域の自主性及び自立性を高めるための改革の推進を図るための関係法律の整備に関する法律)が成立、各種の国から地方への権限移譲が徐々にではありますが施行されています。

これってなんのことなのか?

地方分権とは??人には聞けない地方分権入門?
www.pref.gunma.jp/07/a0710726.html

Q(質問) 地方分権って何なの?

A(回答) 国がもっている地方に関する決定権や仕事をするために必要なお金を地方(市町村と県)に移して、住民に身近な行政サービスをその地域で決められるようにすることです。

Q(質問) 国が色々なことを決めると、何か問題があるの?

A(回答) 法律などで、全国一律の決まりを細かく定めているため、地方は、地域の実情に合わせた対応がしづらく、国の決まりに合わせるためにあまり必要のないことが求められたり、本当に必要なことがしづらかったりするなどの不都合があります。

Q(質問) 何で、地方は国からお金を移してもらいたいの?

A(回答) 国と地方の仕事の量(歳出)は4:6となっていますが、国の税金と地方の税金の割合は、反対に6:4となっています。このため、国からお金を補助(補助金)してもらわなければ、地方は仕事をすることができない仕組みとなっています。

補助金の手続きのために、地方は何度も国の役所と往復しなければならず、都道府県だけでも年間530万時間もの手間と、125億円もの人件費がかかっているという試算(全国知事会)もあります。

また、国は補助をする条件として色々と細かい注文(例えば、保育所の基準、道路の基準など)を付けるため、地域の実情にあった使い方ができない場合があります。

国に6、地方に4の割合で納められている税金を、仕事の量と一致するように、国に4、地方に6と配分しなおすことで、地方は自分でお金の使いみちを決められるようになり、本当に必要なことに無駄なく使うことができるようになるのです。

ここまでは皆さんも了承されるでしょうし、地方分権が進められる理由、地方が国に仕事だけでなく、予算も一緒にくれと言っていることもわかるでしょう。

問題はこの後です。

地方分権とは??人には聞けない地方分権入門?
www.pref.gunma.jp/07/a0710726.html

Q(質問) 地方なら無駄遣いをしないの?

A(回答) 住民の皆さんに、より近い地方(市町村と県)で仕事の内容やお金の使い方を決められるようになるので、必要なことだけにお金を使うようになるほか、住民の皆さんのチェックの目が行き届きやすくなります。

なお、群馬県では、平成23年3月に策定した「新行政改革大綱」に基づき、全職員がスピード感とコスト意識を持ちながら、県民目線による県政の実施に努めています。

経済の状況が厳しく、県の収入も伸び悩む中で、これからも県民の皆さんの生活を守り、地域の活性化を進めていくため、不断の努力をしていきます。

ここで途端に理屈上では納得しきれない「不断の努力をしていきます」が出てきます。

国から地方に権限とともに予算を移譲するのはいいとして、「地方なら無駄遣いをしないの?」に対して「不断の努力をしていきます」となるわけですね。

もちろん国だって「無駄遣いしないの?」って問題は出てくるのですが、実際に地方に予算もおろすとその杜撰な無駄遣いがよりひどくなる。

ちょっと思い出してみてほしいのですが、地方議員のその報酬や政務調査費の使い道でここ最近報道されたものを・・・

号泣県議にLINE府議…地方議員の不祥事はなぜ起こるのか?
matome.naver.jp/odai/2140833875910176101

もうとにかく子供並みに滅茶苦茶なんですよね。新しいところでは「エモーショナルな感じ」の「浪速のエリカ様」問題でもいいです。

とにかく石を投げれば地方議員に当たるって具合にロクデナシ感が「エモーショナルな感じ」で広がっていくわけです。

一言でいえば、地方議員という職業は「高報酬でおししい仕事」って感じでロクデナシが参集しているのが現状です。

そのロクデナシ共に税金という名の予算をつけたら間違いなく無駄遣いをしてしまう。

統治機構としての地方自治体に権限と予算を移譲する地方分権は理論上は理屈に合っているし、

住民に身近な行政サービスをその地域で決められる

にもなるのだろうし、

法律などで、全国一律の決まりを細かく定めているため、地方は、地域の実情に合わせた対応がしづらく、国の決まりに合わせるためにあまり必要のないことが求められたり、本当に必要なことがしづらかったりするなどの不都合があります。

の問題もあるでしょう。

しかし、ただ組織の権限移譲の問題として地方にそれを下すと、「高報酬でおししい仕事」って感じの地方議員が国がする以上の無駄遣いを連発しているってことになっているのではないでしょうか。

これは、地方分権と中央集権どっちがいいの?って問題ではなく、権限と予算を移譲していくときには、受け皿となるところで人材が確保されねばならないことを示していると私は思います。

地方分権をより推進するなら、なにを移譲するって話の前か、同時並行でその権限と予算を握る人材を育てる議論もされなければならない。そのことです。

組織の評判においても、評判をよくする施策を実施する部署があるとしても、実際に触れた顧客が評判通りだと感じてもらう人材があって初めてその評判は意味を成す。そのことです。

ネットの風評被害を防止するという行為は今の時代にはなくてはならないことです。

しかし、一方で、その風評被害をもたらした原因となる要因、もしくは実際にはそのようなことがなくても風評被害をもたらしてしまった要因、それは1にも2にも組織に係る人の問題でしょう。

ここで何回か触れているIPA(独立行政法人 情報処理推進機構)における内部不正防止のポイント
www.ipa.go.jp/files/000041054.pdf

1適切な権限管理
・特定のシステム管理者に権限が集中しないように権限を分散する。
・システム管理者同士が相互に監視し、不正を行うことが困難な環境を作る。

2ログの記録と従業員への通知(内部監視)
・システム管理者のログは、システム管理者以外の者が定期的に確認し監視する。
・不正抑止の観点から、業務担当者にはログが記録されていることを予め通知する。

3職場環境や処遇の見直し
・適正な労働環境
・良好なコミュニケーション
・公平な人事評価

内部不正においても、評判を考える上においても、管理する施策は絶対的に必要だとしても、3番目の「職場環境や処遇の見直し」、つまり人材の確保、育成がなければ、常にその評判はリセットされ、積み上がっていかなくなります。

もっと踏み込んでいえば、評判を考える上ではなによりも組織の中でまず「職場環境や処遇の見直し」を最優先で考えていくことが大事ではないでしょうか。

もちろん「職場環境や処遇の見直しだけ」ではダメです。「適切な権限管理だけ」でもダメ。

両方を同時並行的にしていかないと長い年月で見たら必ず破綻する。

最近の地方議員の数々の不祥事はそのことを示しているのではないでしょうか。

適切な人材確保、育成なしにいくら権限や予算を移譲しても不祥事は止まらない。不祥事が止まらなければ評判は確保できない。

評判が確保できなければ、「国民の投票率」も上がりはしない。

来年になったら投票率が上がるかもしれない・・・なんてことは起こりません。長い年月をかけて人材を育成して、評判を築き、評判を上げ、維持して初めて「新規の顧客」が私たちに触れてくれる機会を持てる。

顧客が触れてくれさえすれば、私たちの良さをわかってくれるのだが・・・という声を聴きますが、もしそれが本当なら話は早い。

しかし、意外と顧客が触れられる機会を与えられても、見向きもされないという組織がたくさんあります。

権限と予算を与えられたら、勘違いして無駄遣いをしてしまう地方議員のようにね。

ぜひなによりもまず

職場環境や処遇の見直し
・適正な労働環境
・良好なコミュニケーション
・公平な人事評価

を考えてみてください。評判おことを考えている人は特にです。

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